今日も機嫌よくカウンターの片隅を陣取っているのは

カラスのちくわさんです。
そこへ ・・・  ガラガラガラッ ・・・

  現れたのは ・・・

えっ!? ハギノスケさん ・・・ ですよね!!

あまりにもやつれているのので、一瞬誰かと思います。
ちくわさんが そんなことを言うなんて

よほど見るに見かねて・・・のものが

あったのでしょうか ・・・
しかし、血の気のない顔をしながらも

ハギノスケさんは ガッツポーズをつくります。

当初、お店にやってきてイジイジしていた彼とは

とても同一人(魚)物には思えません。
そう言って立ち上がった時、ハギノスケさんの手(ヒレ)に

ポンと何かが渡されました。
先ほどまで黙って聞いていたひらめさんが

軽くウインクしています。
ハギノスケさんは思わずその場で口に含んでみました。

  ああ!・・・・・  この味は いったい ・・・・・    いったい ・・・・・    ・・・・・
そして、気づけば彼は ひらめさんの腕(ヒレ)のなかに顔を突っ伏していたのです。
「わ・・わたし ・・・ もう少しだけ ・・・ こうしていても いいですか?」

    「もちろんです べん」       ひらめさんの口調はいつもと変わらず温かいものでした。
その温もりと同じくらいの体温が体中にめぐり渡ってきたのでしょう。

ハギノスケさんの表情は生気がみなぎってきたようでした。
そして、そんなちくわさんの誘いにも素直に応じます。
「実は わたし ・・・」

ハギノスケさんがもう一度ゆっくりと口を開きます。
「本当のこと言うと ・・・ わたし、今日はとても落ち込んでいたのです。 オヤジの病状も原因がわからないだけに

心配でしようがありません。 ・・・そんな中、仕事は山積み・・・今回のプレゼンもわたしの企画にかかっているというのに

なかなか思うように進みません。

だけど弱音を吐いたり後ろ向きになっちゃうと又、昔のじぶんに逆戻りしてしまいそうな気がして ・・・

”頑張らなくっちゃ!頑張らなくっちゃ!”って、じぶんを奮い立たせてきたのです。

だけど辛かったのは  ・・」  と言いかけてハギノスケさんは少し間を置き、身の上話を始めます。


「わたしの実家は代々 商売をしているんです。弟一家が親と同居しながらお店を切り盛りしてくれてます。

わたしなんて若いときから家を飛び出してこんなことさせてもらっていますからね〜 

なんだか申し訳なくって ・・・だからこそこんな時、がんばらなくっちゃ!と思っていたのです。

だけど昨日 ・・・病院に立ち寄ったとき わたし 睡眠不足でよほどボ〜ッとしてたのでしょうね。





    いきなり弟になじられちゃいました。
  「まあ、血の通った兄弟だからこそ言いたいことも言えるのかもしれません。

ふだんならけんかになることもあるでしょうし軽く聞き流していたかもしれません。

        だけど その時のわたしはすと〜んと、その言葉を受け止めてしまったのです。

それなりに一生懸命やってるつもりでも、まだまだなんだって ・・・ 

そしたらそんな自分が急にとてつもなく無力に思えてきて ・・・ それでもこんなことじゃいけないって

言い聞かせようとして ・・・ それで ・・・ 気がつけば ・・・ ここに来ていたんです」

そう言ってハギノスケさんは苦笑いしています。
ひらめさんは相変わらずの穏やかな口調で言いました。
ハギノスケさんは気持ちがどんどんほぐれていくのがわかります。
   誰かにちょっと聞いてもらえるだけで、又それをわかってもらえることだけで

   こんなにも気持ちがラクになるなんて ・・・

今度こそ、目の前のことをちゃんと受け止めてやっていけそうな気がしています。
と、その時 ふいに

ハギノスケさんの携帯が鳴りました。
向こう側のその声は、店中に響いています。

だけど 最高に心地の良い響きです。
ハギノスケさんが心の底から安堵感を覚えた時 

「あっ それから ・・・」 と、さっきよりもいくぶんか小さな声が聞こえてきました。
「それから ・・・ あの ・・・ 昨日はゴメン ・・ 言い過ぎたよ。 

実は今うちの商売ちょっと大変でさ、俺 イライラしてたんだ。 

だけど今更ながら、オヤジはよくやってくれてたんだな〜って有り難味がわかったよ。

僕たちもできる限り力を合わせてやっていくから 心配しないで!

兄キは兄キの仕事 がんばってくれよっ! 今日はこちらに来なくたっていいからねっ!」
ハギノスケさんは静かに携帯を閉じました。そしてしばし放心状態に浸っておりましたが

いきなり何かの案が閃いたらしくガッツポーズをしたかと思うと丁寧にお礼を言い、いさぎ足で帰っていきました。
こちらはあとに残ったちくわさん ・・・
それを聞いているひらめさん自身も

過去の記憶の断片が蘇りそうになったその時です。
ガラガラガラッ! と扉が開いて

やってきたのは大ドババさん!
相変わらずのおせっかいですが

今日のちくわさんは まんざら嫌でも

なさそうですよ(^^)

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