このお客さんがヨダカの坊や、ダカのご両親だということは 誰が見てもすぐにわかります。

ひらめさんは 奥に入って

   腰を掛けるよう促しました。

二人は深々と頭を下げて丁寧にお礼を述べたあと

「気持ばかりのものですが」と言って風呂敷包みを差し出しました。

採れたての新鮮なお野菜です。

ここにもたっぷり愛情が込められているのがわかります。

なんとも穏やかで温かい雰囲気の夫婦でしょうか。

ひらめさんは以前ダカが言ってたことを思い出しました。

   ひたすら「強くなれ!強くなれ!」と言うばかりのお父さんに

     ちょっとしたことでもオロオロと心配して泣き出すお母さん ・・・

しかし 今、目の前にいる二人はそんなイメージとはおおよそかけ離れています。

  そして今までのダカの様子をおおよそ知り尽くしているように見えました。

そうなれば、あえて聞き出す必要はありません。みんなで食べて飲むのが一番です!!

アルコールはちょっと ・・・ という夫婦のために

ひらめさんが熱いお茶を入れようとした時

ドバトさんが ふと思い出したように言いました。

夫婦はほんの一瞬言葉に詰まったかのように

みえましたが、すぐにお父さんが口を開きます。

「あー あの子は自分の祖父だと思っているんですね。 無理もありません。 祖父の顔を知らずに育っていますから ・・・

実は あの主人公は実際は、ぼくたちにとっても遠いご先祖様にあたる方なんですよ。」
   そして続けて話します。

「とてもりっぱな方でした。ただあの物語でもご存知のようにぼくたちヨダカ族は代々 見た目で差別され

ののしられ、本当に辛い目にあって生きてきました。 息子が学校でいじめられ登校できなくなったことも

もちろん知っていましたよ。 だけどあの子は心配かけまいと毎朝ランドセルを背負って学校に行っているふりを

していたのです。   だからぼくたちも見て見ぬふりをせざるを得ませんでした。」

ひらめさんは べんべん頷きながら二人の話を聞いています。

お母さんが言います。

あの子が学校に行くふりをして図書館に通っていたのはわかっておりました。

 でもここで皆さまに良くしていただいているのを知ったのは もう少し後のことでしたの。  

  ある日を境にあの子の表情が見違えるように変わりましてね ・・・ いったい何が

あったのかしら ・・・ と、こっそり後をつけてみましたらここに入っていくじゃありませんか

その時はさすがに驚きましたわ ・・・

だって小学生が出入りするようなところじゃ

ないって思いましたもの ・・・


そしたら聴こえてきたのです。 あの音色が ・・・

私たちはいつしか手(羽)を取り合って

寄り添っておりました。

どうしてだか涙がとめどもなく溢れ出て

止まりませんでした。

その時ふと思いましたの。

目の前のことだけに囚われていても仕方がないわ。

あとは天にお任せしましょう!!ってね。

お父さんも思い起こしたかのように話します。

「そうなんです。ぼくたちはその日以来、あの音色が忘れられなくなりました。

それで・・・息子の様子を伺いに ・・・ という名目さながら度々ここを訪れては

外でこっそり聴かせていただいていたのです。

   実はぼくたちも安らげる場所を求めていたのでしょうね ・・・」

ドバトさんも共感するように頷いています。 ・・・ と、その時

ガラッ!! と扉が開きました。 

 みんながいっせいに振り向きます。

すさまじい剣幕でやってきたのは

どうやらメジ郎ママのようです。

メジ郎ママはヨダカの夫婦を見つけるなり

どうやらメジ郎が塾をさぼってここに来て ダカと仲良くしているということを どこからか聞きつけてきたようでした。

メジ郎ママはのべつまもなく まくし立てます。

ドバトさんなんかは あっけにとられて

開いた口がふさがりません。

しかし、なぜメジ郎ママがここまで言うのか ・・・ そしてなぜこの夫婦もここまで言われながら

黙っているのか ・・・ 理解し難いものがありました。

一部始終を黙って聞いていたひらめさんですが、ふと見れば

しっかり三味線を抱えているではありませんか!!


メジ郎ママがひとしきりまくし立て興奮も冷めやらぬうちに

帰ろうとしたその時です。

♪べん♪♪ と音がしました。

その後は こちらも音色が止まりません。

♪べべん べんべん♪♪ べべん べん♪ べべん べんべん♪ べんべんべん♪ べんべんべんべん♪ べべん べん♪

それは長年に渡って絡まり続けてきたもの ・・・ 澱み続けてきたものを

  優しく ・・・ そして 丁寧に ・・・ 解きほぐしていくような ・・・ そんな音色のようでした。

目一杯 感情を爆発させて出ていこうとしていたメジ郎ママでしたが

扉のところに立ちすくんだまま肩を震わせています。




ひらめさんは三味線を奏でる手(ヒレ)を止めて言いました。

「今日のおすすめは”石鍋八重山あんかけそば”ですべん。みんなでつつくと美味しいですよ。

    よかったら一緒にどうですか? べんべん」

メジ郎ママは 一瞬それが自分にかけられた言葉なのかと

耳を疑いながら 涙でぐちゃぐちゃになった顔で振り向きます。

そして静かにヨダカ夫婦の前に歩みよると手(ヒレ)をついていいました。

・・・ と その時 目の前に美味しそうな料理が 

ど〜ん!!と出てきたではありませんか!!

いい香りがしています。

メジ郎ママは ひと口食べると

又ホロホロと泣き出しました。

「私、いったいどうしてたっていうのでしょうね。 自分でも訳がわからないまま

ヨダカさんに対して憎悪を抱いておりました。直接あなた方に何をされたって覚えも

ありませんのに ・・・ ただ思い起こせば幼き頃 「昔々ヨダカ族がメジロ族の大切な

モノを盗んだのだ」と聞かされて以来、いつのまにかそんな偏見が私の中に植え付け

られていたのです。 そんなことが真実かどうかもわかりませんのにね ・・・ 」

「いえ、仕方のないことなのかもしれません。 同じことをぼくたちも小さい頃から

言い聞かされてきましたからね ・・・  そんな訳で我々ヨダカ族は代々引け目を

感じて生きてきたのです。だけどせめてぼくたちは、あの物語の中のご先祖様のように

人(鳥)様に恥じないよう誠実に生きなければ!と心がけ、息子にもそう言い聞かせて

きたつもりです。そのためには智恵もつけなければと勉学にも励んでまいりました。」

「そう!そんな勤勉で優秀なあなた方を、私はずっと妬んでおりました。

だから息子、メジ郎には負けてほしくなかったんです。だって、跡取り跡取りって

周りから言われ続けてきたのですもの ・・・ いつの間にか私はあの子のことよりも

あの子を一番にすることしか考えていなかったのかもしれません。」

「いえ、ぼくたちも息子のことになると、どうしていいかわからないことだらけ

でしたよ。 ダカが学校に行けなくなった時、それなりに見守っていたつもりでは

ありましたが、果たしてそれがいいのか悪いのか ・・・ って毎日が自問自答でした。

本当に辛い日々だったんです。 このお店の存在を知るまではね ・・・ 」

「息子がいじめていたんですよね。ああ、それなのにこんなに仲良くしていただいて ・・・

本当はお礼を言わなくっちゃならないのに ・・・ 私 ・・・ ひどいことばかり言ってしまって ・・・

ごめんなさい ・・・ 」

そう言ったあと メジ郎ママは付け加えていいました。

「恐かったんです ・・・ あの子が私の元からどんどん離れていくのが ・・・

反抗するどころか冷めた目つきで睨みつけるんですもの ・・・ でも、当然ですよね

こんな母親ですから ・・・ でもね ・・・ 私だって ・・・ 寂しかったんです ・・・ 」

ひくひくと嗚咽をあげながらも メジ郎ママはこんなにも素直になれる自分が不思議でした。

その時 ドバトさんが言いました。

みんながお箸をとって手(羽)をのばした時です。

お椀によそおうとした麺が

つながっていて切れないのです。

「えいっ!」「えいっ」ってひっぱているうちに

みんなは なんだかおかしくなって吹きだしてしまいました。

ひらめさんが言いました。

「その麺のごとく 親子の連鎖もそう簡単に切れるものではないですべん。

反対に真実かどうかもわからないような根拠のない悪い連鎖は気づいた時から切ればいいんですべん。

そして良いものはつなげていけばいいんです。 べんべん」

結局その長〜い麺はダカのお父さんが代表していただきました。


  お店の中はまたまた笑い声が充満しておりました。

おや!? そういえば今日は子供たちはどうしたのでしょう ・・・

       えっ! クラスの仲間とドッジボールをしてるって!?  それは良い兆しですね〜

しかし ・・・ 子供のことで悩む親がいる一方 

    親のことで気を揉む者もある ・・・

                        お腹も心も満腹になった皆は 帰り道

目の下にクマを作ったハギノスケさんとすれ違いましたがプライベートなことまでは知る由もありませんでした。

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